飛鳥宗佑の生い立ち

2020年5月7日

はじめまして、飛鳥宗佑(あすかそうすけ)です。このページでは、私の自己紹介をしたいと思います。

身長:179cm
体重:75kg
血液型:O
星座:やぎ座
埼玉県越谷市在住
青森県出身
1981年生まれ

基本情報はこんな感じです。

では、どんな生い立ちなのか?四柱推命と共にご紹介致します。

飛鳥宗佑:小学生時代

ざっくり振り返ると、そんなに嫌な記憶は無いんですけど、青森生まれなので、雪と共に過ごした記憶がよく残っています。冬は、かまくらを作ったり、雪山をソリで滑ったりして遊んでいたかな。ゲームが好きで、ファミコンをよくやってました。そん時はドラクエ3にはまってたかな。

スーパーファミコンを買ってもらえず・・・

1990年にスーパーファミコンが発売。めちゃくちゃ欲しくて親に頼んだら「通信簿で全部3だったら買ってやる」と言われ、実際に全部3だったけど買ってもらえず(悲しい・・)ちなみに、この時の大運は忌神財星の己(つちのと)、年運は庚午(かのえうま)で、忌神官星。う~ん、なんとなく買ってもらえない理由がわかったぞ!だからか!なんか、小学校3年4年生あたりはうちで良く親が喧嘩していたので、あまり家に居たくなかったのを覚えてます。なんかちょっと暗い時期だったなぁ。でも、四柱推命でみると納得!大運と年運が悪いね。5年生6年生あたりから、自転車を買ってもらえたので、活動範囲が広がり楽しかった記憶があります。
※忌神(ぎしん)とは、良くない時期・良くない通変星の事

飛鳥宗佑:中学生時代

そんなこんなで、飛鳥宗佑は中学校に入ります。言ってしまえば、とても楽しかった3年間でした。何が楽しかったって、学校に行くのが楽しくて。っていうのは、好きな先生がいたから(笑)なんでしょうねぇ~あの時期だと、年上の女性に憧れを抱くんでしょうかねぇ。先生と話ができるのが楽しくて楽しくて仕方ありませんでした。部活も楽しくて、勉強もそこそこできたので、学校に行くのは苦ではありませんでした。ちなみに、部活は陸上部をやってました。最初は3000mとか1500mをやってたんですけど、なんかめんどくさくなってきたのか、だんだん距離が縮み、最終的には400mに。こん時の四柱推命をみると、大運でも喜神、年運でも喜神。なるほどね!そりゃあ楽しい訳だ!ちなみに、後にも先にも1995年だけ、日干がこんだけ強くなるのは。そして、1996年に印星486点を記録。これも後にも先にもないね。
※喜神(きしん)とは、良い時期・良い通変星の事

ダビスタと釣りにハマる

友達の影響を受け、この時期ダビスタにはまります。当時ダビスタ3とダビスタ96が流行っていました。メジロマッコイーンとか、イナリアンとか。96になるとナリタブライアンが出てくるね。と同時に釣りにもハマり、青森ではアイナメとかソイがワームで釣れるので、休みの日夕方になると、よく友達と釣りに出かけていました。

楽しかった中学時代!しかし、心残りが・・・

まぁ幸運気にも恵まれ、ゲーム、釣り、部活、勉強と楽しかった中学時代ですが、唯一心残りがあって、それは「彼女がいなかったこと」手紙をもらったこととか、告白されたことはあるけど、なんか恥ずかしくて「付き合う」とかが考えられなかったので、全部断りました。まぁ今思えば、先生の事ばかり追いかけてたから同級生とかに目が行かなかったのかなって思ってます。

飛鳥宗佑:高校生時代

中学生時代、そこそこ成績は良かったので、高校は推薦で地元の工業高校へ進学します。まぁ振り返ると、少し微妙な高校生活だったような気が(汗)ただ、唯一の思い出は、ギターとの出会い。姉ちゃんの友達からギターをもらったので、ギターに打ち込むことになります。ちなみに、やっていたのはフォークギター。弾いていたのは、Mr.childrenのinnocentworld。学校に行く前の1時間、帰ってきてからの2時間ほぼ毎日弾いてました。そんな中、高校生になっても相変わらず釣りは行ってました。しかし、簡単に釣れるソイに飽きたんで、もっと大きなシーバスを狙うようになります。

はじめてのシーバスゲット!!

高校2年生くらいから、ルアーで釣りを開始。この時からシーバス狙いに切り替えるのですが、最初は「こんなプラスチックの塊で釣れるのかなぁ」って半信半疑でした。当時流行っていた「ソルト&ストリーム」を見ながらルアーをチョイスするも、引っかけたり、ストラクチャーにぶつけるなどして、ルアーロスト。高校生の小遣いではきつかったなぁ。そんなこんなで試行錯誤を続け、高校3年生の夏についにシーバスをゲットします。あんなに大きい引きは初めてで、無我夢中でリールを回していたのを思い出します。釣り上げたのは60cmほどのシーバス。「でっけえ~」が正直な感想です。ホントは、ドラグを調節したり、もう少し冷静でいなきゃいけないんですけどね。

進路を決めなければいけない・・・

高校3年生になると、進路を決めなければいけません。周りのみんなは地元に就職するのがほとんどだったけど、僕はそこそこ勉強はできていたので、大学に進学しようと思っていました。何よりも東京に出たかった、これが一番の本音です。東京に行きたかった一番の理由は、一人暮らしをしたかったのと、あまり地元の友達とは一緒にいたくなかった。あと、釣りの雑誌を読んでいて「都会は楽しそうだな」と思ったから。釣れるポイントがいっぱいあったし、釣り道具屋さんもいっぱいあった。だから東京に行ったら、こことあそことあそこに行こうと密かに決めてた。ということで、東京に行くための資金作りを開始するわけですが、バイトがマジでない・・・バイトしたくても、場所が限らているので、やりたくてもバイトができなかった。やっとこさ高校3年の冬休みに近くのホームセンターでバイト先が見つかったけど、時給はたしか580円。低いねぇ~あっ!そのホームセンターのバイトの時超ナゾだったけど「ゴキブリホイホイ」がありました!ってか、生きてて18年間ゴキブリ見たことないのに「なんで売ってるんだ?」と超ナゾでした。というより、こんな寒いところにゴキブリいるんかいな・・・

高校時代の四柱推命は?

と、自分の中ではちょっと暗い3年間でしたが、四柱推命でみると大運が忌神財星、年運も1997年(高校1年生)はちょっと良かったけど、2年・3年が忌神財星なので、今思うと「だからかぁ~」と腑に落ちます。なんか思春期ってのもあるかもしれないけど、とにかく一人でいたかった。あまり友達とワイワイするのが楽しくなくなった時期でもある。一人でギター弾いたり釣りしてる方が楽しかった。そんなこんなで、無事東京の大学に推薦が決まり、僕らミレニアム卒と言われた世代は高校を卒業するのである。

飛鳥宗佑:大学生時代

晴れて東京進出を果たした飛鳥宗佑ですが、ここで色々な壁にぶつかります。まずは、学力。先に結果を言えば、付いていけず大学3年の夏に辞めます。まぁ一人でいる方が好きな飛鳥宗佑にとってあの変に繋がってなきゃいけない雰囲気も嫌だったけど、学力が追い付かない。推薦してくれた母校には申し訳ないけど、辞めました。次いで、張り切ってやろうと思っていた釣りは、移動が大変。電車の中で釣り竿を持つのが大変で、人が多くやる気が失せ行くのを止めました。ちなみに、この時期は大運は忌神財星、年運は忌神官星運。やっぱ、忌神財星・官星の年は上手く行かないんだなぁ~

アルバイトが楽しい!!

そんなこんなで大学と釣りを止めた飛鳥宗佑ですが、実家には帰らず東京に残っていました。特にやる事がないので、なんとなくアルバイトを始めてみる。デパ地下のお弁当屋さんで働いてみたのですが、これがとても楽しかったんです。なんと、時給が4桁行くんですんね。そこにまずビックリ!!20歳を超えていたので、ローンを組めます。ギターを買ったり、貯金もできたりでこの2,3年は楽しかった記憶があります。大運は、忌神戌だけど、年運が喜神印星が続いていたから、比較的楽しかったのかな。

就職活動を始める

周りの友達が就職をしていくのを見て、自分も「そろそろ就職しなきゃなぁ」と思い、面接を受けてみることに。喜神印星の時期だったからか、運よく2社目で内定を頂きます。大学中退でも雇ってくれるなんてありがたい話だなぁと思い、そこの会社に行くことに。

飛鳥宗佑:社会人生活1

2004年晴れて社会人としてスタートを切った飛鳥宗佑ですが、ここで一つ重要な本に出会います。「六星占術」。この時社会人1年目だったということもあり色々悩んでいて、自分がどうなのか知りたくて買ってみました。なんと、丁度この時期大殺界なんですよね。(ちなみに私は金星人(-)霊合星人)。大殺界の時期に大殺界と出会う訳です。まぁでも本当にこの時期はツラかったです。何もかもが否定されているようで、カッコ悪いけど悔しくてよく泣いていたのを覚えてます。金融関係の営業に就いたのですが、上司が厳しく何かにつけて理由を求められます。上手く説明できない僕は、ただただ怒られるだけでした。

ブラックだったけど・・・

今思えば、当時こんな言葉なかったけど、いわゆる「ブラック」だったね。本当にきつかった。アポが取れるまで飛び込み営業続けろとか、休みが無しとか、ゲイバーに飛び込みに行けとか。でも今なら言えるけど、そこがあったから大概のことはツラいと思わなくなったと思う。あれ以上はないなと。でも、僕を選んで商品を買ってくれたお客さんもいたし、2年目には主任に昇格もできたので、それなりに楽しいこともあった。数字が取れれば天国、数字が出なければ地獄。痛いほど数字の怖さ、結果を出すことの大切さを思い知ることになります。

上司が変わると・・・

2年目、主任に昇格した為か上司が変わりました。が、ここで一つ事件が起こります。なんと、飛鳥宗佑はその上司の事が気に食わず「辞めてやる!!」と会社のドアを蹴るのです。ある程度営業の仕方にも慣れてきたので、こうやった方が結果が出るのにと思いつつも、あれこれ口出しをしてくるので、うるさかったんですね。1日会社を無断欠勤したところで翌日「どうするんだ?」と電話があり、仕方なく会社に行くことに。行くとなんとドアに、僕の蹴った足跡が残ってて、なんか申し訳ないなと思いました。結局今度は違う上司の下に就くことになりましたが、続かず飛鳥宗佑は丙戌(ひのえいぬ)の戌月に退社します。

社会人生活1の四柱推命

入社した2004年は、大運が忌神戌。年運が甲申(きのえさる)。甲は喜神劫財(きしんごうざい)で良いけど、大運の戌、年運の申が忌神官星を強めるのであまり良いと感じなかった。ただ、この後喜神比肩(きしんひけん)もくるので、昇格ができたり良いこともあった。でも、社会人生活1はどっちかっていうとツラいことの方が多かったかなぁ・・・と思います。

飛鳥宗佑:社会人生活2

結論から言うと、ここが現在の社会人生活となります。金融関係の営業を辞めたあと、すぐさまアルバイトを始めます。カレー屋さんでアルバイトを始めた訳だけど、ここでは心機一転「人のいう事を聞こう」と心に決めて働き始めます。2年ほどしたある日、店長から「社員にならないか?」というお話を頂き、快諾しました。ここで今の奥さんと出会います。ちなみに、この時期年運は忌神財星でよくありませんでしたが、大運が喜神食傷だったので良かったのかなと思います。この大運丁(ひのと)2007年~2011年の時期に正社員、結婚、子供の誕生と至ります。丁は、私にとって調候喜神なので良いことが続いたのかなと思ってます。調候喜神の時期は良いですね。

子供の誕生

2011年、長女が誕生します。次いで、2013年には長男が誕生。

姓名判断をマスターする。飛鳥宗佑の誕生!

六星占術以降占いにハマりだし、色々と占いの本を読み漁るようになります。2010年とある方のメルマガを読んでいて、姓名判断・気学・タロット・家相など様々な占いの知識を得ます。その後、縁がありその方の鑑定を受け、2013年に姓名判断を教えて頂く機会を得ました。そこで今の姓名判断をマスターするに至り、飛鳥宗佑が誕生します。ちなみにこの名前自分で作りました。本音を言えば「師匠作ってくれよ」ですが、自分で作りました。カッコいい苗字ランキングから引っ張り出し、一生幸運気が続く名前にしたのです。

2013年とんでもないことが・・・

2013年癸巳(みずのとみ)の年ですが、ここで私は数々の病気を経験します。年始には「インフルエンザ」「帯状疱疹」、夏には「肺炎」「食中毒」、冬にはまた「インフルエンザ」と病気三昧の年となりました。でも、これ四柱推命にハッキリと出てるんですよね。病気に注意って。身弱の僕がさらに身弱になるんで、要注意の時期だったんですね。これは四柱推命を習ってから分かりました。でも、ちょっと心配なのが同じく最弱になる時期が2053年72歳の時に来るんですね。う~んここで死んでしまうのか?ちょっと怖い。ちなみに、この年長男が誕生したのですが名前を「康寛(やすひろ)」としました。身を持って健康って大事だなぁと痛感したので、健康の「康」を使いました。

2014年気学・四柱推命を習い始める

甲午(きのえうま)の2014年、ここで四柱推命と気学を習い始めます。喜神劫財の年ですが、やはり良い時期でした。9月11日には、ウェブサイト「占い屋ホシゾラ」を立ち上げます。

2015年埼玉県に引っ越す。大殺界の事実に気が付く

2015年、マイホームを購入。今の埼玉県越谷市に引越しします。気学は2014年中に習い終えたのですが、2015年はまだまだ四柱推命を習い続けていました。そこで、衝撃の事実を発見します。なんと大殺界でも良い時期になり得ると。180度方向転換ですね。2013年の不調の理由も四柱推命で説明がつくので、四柱推命の方に重きを置くことにしました。六星占術だと私は2013年再会で良い時期なのに、実際は違いました。そんなこんなで、四柱推命の方が当たると分かったので、六星占術は僕の中でどこかに消えていきました。ちなみに、「そういえば釣り止めたの?」って思われたかもしれませんが、ご安心を。越谷には川があるので、ここで大好きな釣りを再開します。ブラックバス、シーバス、ナマズが釣れます。

2016年・2017年3回目の大殺界だったけど

2016、17年、私は大殺界です。さらに宿命大殺界でもあります。しかし、四柱推命が正しければ、この時期は大運が喜神なので良い時期のはず。2017年も調候喜神の年なので良い時期のはず。結果としては振り返ると、占い屋ホシゾラも好調に売り上げを伸ばしていましたし、良い時期だったなぁという印象しかありません。プライベートでは、シーバスもいっぱい釣ったし、デカいスモールマウスバスもナマズも釣りました。こう見ると、やっぱり四柱推命の方が合っている、そう確信しました。今では正確な占い結果を届けようという事で、六星占術否定派に。※自分の経験のみの話ですが、鑑定をしていて他の方も大殺界だけど好調だったという人は多いです。なので、大殺界や天中殺・空亡(大殺界とほぼ同じ理論)も変に怖がる必要はない!というのが私の意見です。占い屋ホシゾラを立ち上げた関係で、色々な占いや占い師の方を見るようになりましたが、どうしても簡易的なものが多いと言わざるを得ないというのが私の意見です。エンタメ的と言えば聞こえは良いですが、お遊びじゃなく精度ある占いを届けようよと私は思うのです。

2018年・2019年忌神財星運

この時期大運は良いのですが、忌神財星運が続きます。その影響か、ここで右肩上がりだった占い屋ホシゾラの売り上げが初めて前年を割ります。2018年の出来事です。はじめて1ヶ月半まるまる依頼が来ない時期があって、どうにかしようと色々SEOとか詳しく勉強し始めたのが2018年です。もう一つブログを始めたり、独自ドメインを取得したりしました。そのかいあってか、占い屋ホシゾラは2019年には過去最高の売り上げを記録することになります。年運の亥は財運を上げるので、その影響もあったのかな。亥は自分を強くするので、2019年春からジムに通い始め体を鍛えます。

2020年は・・・

とまぁ四柱推命と共に色々振り返ってきた訳ですが、今後はもっともっと四柱推命鑑定に力を入れていきたいと思っています。その為にも新しい試みとしてワードプレスを導入しました。この精度が高い占いを放っておくのは勿体ない。もっともっと沢山世に届けようというのが今の思いです。そして、お読み頂いて飛鳥宗佑がこんな人なんだと少しでも分かって頂けるとありがたいです。今後は大運・年運と良い時期が続くので頑張ります。四柱推命鑑定にさらに磨きをかけていきますので、応援宜しくお願いします。自分の事ばかり言ってる拙い文章ですが、最後までお読み頂きありがとうございました。※この記事は、年を追うごとに随時更新していきます。

座右の銘、信念

ちょっとまて、必ず道は他にある。今すぐ行動。只今に生きろ、過去・未来を悲観するな。

好きな人、嫌いない人

明るい人が好きで、疑念が強い人が嫌い

好きな食べ物、嫌いな食べ物

好きな食べ物は、納豆。ご飯と納豆があればほぼほぼ行けます。納豆を食べてりゃ健康という思い込みがあります(笑)嫌いな食べ物は、レーズン。触感が苦手。あと、小学生の時ランドセルに入れっぱなしでカビが生え、親に怒られた嫌な思い出があるので。

プライベート

ハムスターを飼っています。

その他運営しているブログ、ウェブサイト

占い屋ホシゾラ
あなたの人生を変える開運ビジネスネーム作成のスペシャリスト飛鳥宗佑が書いてるブログ
開運する屋号名作成の専門家飛鳥宗佑が書いてるブログ

 

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